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jiro @jiro@mastodon.to

うーんダンス楽しいな
毎日踊りたいな
でもなんか音楽を探すのがめんどくさくなってるというか

縫い物もしたい
言葉の勉強もしたいし
プログラムの練習もしたい
家具も作りたい
料理もしたい

つまり時間がたりない

会社員てほんと不便

それで、

A: 平文にした対象ブロックを指定文字数でカット
B: プログラム系も含むオリジナルを指定文字数でカット
B’: Bからプログラム部分をカットしてテキストだけにしたもの

このみっつを作り、AとB’を比較。
イコールにならなければBを一文字ながくしてまたB’を作り比較。
AとB’がマッチした時点のBを元に改変処理をする。

という流れを考えた。
もっとなにかスーパー速い処理を考えられる人もいるんだろうけど、とにかくこれを考えて見つけていくのが楽しい。
楽しすぎる。

ここしばらく、ちょこちょこ暇を見ては「ネットに載せる文章が長い場合、(特にスマホでは)折りたたんで省略表示して、読みたい人だけ広げられる」仕組みを作っている。

いろんなパターンに応用できるように考えているんだけど、「どうやって省略し始める箇所を特定するか」を考えるのが楽しい。

たいして何にも考えずに「省略したいブロック全体と、文字数を指定する」という方法で作り始めたけど、いま考えてみると、

・行数
・画面サイズの何割か

とかでも範囲を指定できる。

文字で区切るにしても、文の途中ではなくて、「句読点や段落終わり、ピリオド+スペースを区切りにする」とか、いくつか展開できる。

文字数指定にしても、けっこう考え込んだのは「平文の文字数を指定したとしても、対象になるウェブコンテンツはhtmlなどのプログラム部分、非表示の文字群を含む場合が多い」という点。

単純にそのままの文字数でカットすると極端な話、100文字切りだとしてもそれより短くなり、下手をすれば0文字だってありうるという事になる。

「民族国家」という概念が形骸化するという意味で国が滅びるのなら歓迎だ。

日本という「国」というのが何を意味するのかも人によって時代によってぜんぜん違うのでしょう。ただ単に日本語喋る連中がでかいツラしてる土地のことならそれはそれなりに今後も続くのだろうし。

個人的体験として国の空虚さを実感したのはアメリカのダンスを吸収していたとき。彼我の違いとしてすごく感じたことは、自分たちには伝統がない、あってもそれを蔑むようになっていて、連続性がないからとりあえずコピーするしかない、ってことだった。沖縄の踊りとかと違って、盆踊りをかっこよく楽しもうなんてことは試したいとも思えない。

和服だって、自分にとっては生活から遊離してノスタルジアのために着るもので、それこそ観光客のコスプレと大差ない。

そういう中で育って、昭和を生きた日本人と今の日本人と、数年後の日本人に連続性があるのか。自分は、団塊の世代以前と自分に大した連続性があるとは思えない。

ネガティブな面での連続性ではやっていけないから、自分たちの実態ではなくでっち上げで「国」をイメージしたがる人が多いんだろうなあ。

せっかく休みなので、ちょっとうろうろして新しく銀行口座を増やした。

今まで使ってたとこは大手なんだけど、デビットカードが中国系のグループのもので、使えないことがとても多くて困っていたし、クレジットカードを作る気もしない。

ということで、別の銀行でビザデビット付きのキャッシュカードを作るのが良い、という結論に。

これでようやく、タイバーツ建ての決済もできるしタイに紐付いたもろもろのアカウントも作れる。

口座を分けておけば必須貯金額を確保した上で、日々使ってよいお金を可視化するのも楽。

もうちょっと早くこの選択肢に気づいていたら雑務が楽になっていたかもしれないなあ。

明日休みってしらなかったよー

なんか書いたつもりが消えてるというか投稿できてなかったぽいな

縫い物やってることを知ってる同僚に裾上げ頼まれてほいほい引き受けたけどなかなか始める気にならない。自分のパンツの裾上げして次に縫うもののデザイン考えたりは進むんだよな。

そもそもまだまっすぐ縫うのが難しかったりするので、こういうこと言えるレベルではないけど、仕事にするってのは大変なことよね。

いま、プログラム書いたりするのは、ちょっと意識を向ければそれなりにすぐ形にできる。一方で数年前まではちょっと文章書くとかひょいひょいやってたことにかなりの抵抗を感じるようになった。

向き不向きというのはかなり何を好むか、ということにつながっていて、好きで居続けられるように自分の周りの状況を整えていくのが大事だ。「好きを仕事にする」ことを難事のようにいう風潮があるけど、そんなことはなくて、好きなことを好きで居続けられるなら、それは既に才能であり、それがあれば鍛練を続け、インプットを確保し続け、アウトプットも継続できる基礎になる。

「継続」は確実に成功への道なんだけど、「好き」なしで継続するのは難しい。

好きだったものがそれほど好きでなくなっていることに気づくのもキツいけど。

久々にタバタ式やったらももに力入らなくなってフラフラ。

おかげで早く寝るほかない。

これは便利かも。

宿題みたいなことはなるべく残しておきたくない派なんだけど、なんでかわからないけど動き出せない、ということがよくある。

例えば、新しい、大きな金額の仕事のチャンスになることがわかってる企画書を、書かなきゃいけないとわかっているのに、キーボードに向かってもまったく書けない。

海外に出たいから、転職活動のレジュメを書かなきゃ、というのはわかっているのに、まったく書けない。

こういうことが、自分の場合は精神的な不調のわかりやすい目安になっている。

2、3年前は最高潮に何もできなかったが、いまはかなり落ち着いた。

それでもタイでのクレジットカードのための書類準備は、申し込んだあと一ヶ月以上放置したままである。

必須ではないからいいんだけどね。

去年から続いている南薩日乗さんの歴史シリーズ「なぜ鹿児島には神代三陵が全てあるのか?」が一つの山場を越えた。

神道とか明治維新とかにとんと興味をもったことがない自分にとっては目からウロコな話が満載で、我々がなんとなく思い描いてる「日本」なんて虚像の組み合わせでしかないのだということがよく分かる。

ちょーおもしろい。
inakaseikatsu.blogspot.com/201

当たり前のことをひとつ。

ダンス、練習しないと下手になるね。

アイソレーションという、体の一部だけを独立して動いているように見せる基礎訓練を一通りやってみて、あまりの粗さにショックを受けた。

毎日というと挫折するから、週2はやろう。

汗だく。

おやすみなさい。

バンコクは最近毎晩、雷雨。

風も出るし窓を叩きつけるような音がするくらいなかなかに強いけど、タイ人同僚曰く「台風は来たことないよ」とのこと。

ちょうど一年前の今頃は、部屋を決めてairbnbの小部屋から引っ越してきたくらいか。

雨の記憶はあんまりないけれども、基本的には雨の中を動く必要がないのでそれも当然。雨音と稲妻、もともと好きだけどより身近に感じるようになった。

そういえば「甘々と稲妻」の続巻とか出てるんだろうなあ。
読みたい。

台風。

飛行機飛ぶといーなー。

うちの母はなんだかいろいろすごい。
不正に怒る。そしてとにかく行動を起こす。

日本の「あたまいい」系の人によくある批評家気質が目立つ父よりよほど結果を出す。

両者受け継いでいる自分、なるべく母の真似をしていかねば。

「リアルブロック」は世界共通の課題であるようだ。

神田でスピーカー試聴大会。1時間以上いろんな音を試させてもらったのに、海外向けならそこで買うよりeBayとかの方が、とか勧めてくる店員さんサンキウ。

おかげで心が決まった。

ただの川向こうの空

チャイコフ元気

なんてことはない管理画面をいじってるだけなんだけどちょー楽しい