そういえば思い出したけど、僕は「サスペンデッド」をなぜか「閉じる」というような意味の言葉だとして記憶してしまったので、サスペンデッドシンバルは「閉じた状態のシンバル」のイメージでとらえてしまってしょっちゅう間違えていた。

でも「サスペンデッド・ゲーム」はなんか試合が宙ぶらりんになってるというよりは閉じたイメージだと思うよねえ。

「おれの意見はバランスとれてるがそれを批判するお前らの意見はぜんぶイデオロギーまたは党派性に基づくものだ」ってのはいくらなんでも傲慢だと思う

いったん閉めた図書館がこの前少しだけ再開したのだが、また閉まるらしい。今度は長くなるだろう。

最後に借りた本はきんたまとおっぱいの本。不要不急こそが生きることの主成分。

不織布マスクは足りない、布マスクは多少飛沫を飛ばさなくとも繰り返し利用で衛生上危険……となってくると、最終的には「雑面」が結構な効果を持ってくるのでは、という気がしてきている。

kotobank.jp/word/%E9%9B%91%E9%

Babuu閉鎖の件、育児ドンのこともみんなに教えてあげて!
QT: childcare.hostdon.ne.jp/@info/

今年生まれた赤ん坊に「ころな」ちゃんと名付ける強者は一人はいそう。漢字はどんなのがいいだろう。頃菜・香炉奈・恋瓏那……

ニュースは情報の総体なので、包括的に読むことではじめて真実の全体像が推測でき、予想が立ってくるものだけど、日本語のニュースは(1)情報の断片そのまま、(2)誰かがニュースを読んだ感想、(3)誰かの空想、(4)読み手を誘導・扇動しようとする言葉、などが入り交じったものをニュースと呼んでいるみたいなので、だいたい正しい像がちんぷんかんぷんになり、結局はふつうの国で書かれた日本語ではないニュースを読むことになる。

なんというか、日本語ニュースから社会の事実を知ろうとするのは、ジグソーパズルのごく少ないピースがばらばらに落ちていて、それ以外のパズルのピースも散乱してる机を見て、元の絵を当ててね、というゲームをさせられてる感じ。

他の言葉のニュースだと、読んでいけば自然と脳内で一つのジグソーパズルが組み上がってくる感じ。英語でもドイツ語でも中国語でも、その感覚はわりと同じ。

たくさん引用しちゃう。

リモートワークをする人必読。組織パフォーマンスを左右する「デジタル心理的安全」とは?
mirai.doda.jp/series/interview
> あまり世代間論争にはしたくないのですが、40代以上の世代には「コミュニケーション=利害調整」と捉える人が多いですね。情報の流れをコントロールして、組織を円滑に回そうとする。その結果、意図的に情報を隠したり、情報格差をつくったりします。つまりコミュニケーションは人心掌握、説得、コントロールの術であって、正しい情報を伝えることがゴールではないのです。
>ですが、それ以下の若い世代では「コミュニケーション=課題解決」と捉えている人が多い。今は、一人では解決できない、複雑で、答えのない問題を解かないといけない場面が多くあります。課題解決につながる正しい情報が何かは誰にも分からなくて、全部が重要だし、全部が重要じゃないかもしれない。だからこそ、「課題解決のためには情報を共有すべき」という感覚を、彼らは持っているように思います

「ビッグバンセオリー」を見てるのだけど、各話の最後に毎回「編集後記」的なペライチの「カード」が一秒くらいだけ表示される。とても良い。この制作会社が作った全作品に入っていて、通し番号がつけられているのも、主に僕の蒐集欲にダイレクトに訴えかけてくる。

chucklorre.com/

まとめがあった。

商店街とかで、手作り布マスクを1個10円で買い取るよ、と宣伝して、経営が苦しい店は店頭で1個80円で売っていいよ、という仕組みをつくれば、作る人・買う人・売る人がハッピーになれないかしら?

倒産防止策はCOVID-19の終息時期がわからないと施しようがない気がする。「2年続く」という見通しで動く国もあるわけだけど、とするなら、必要なのは延命ではなく業種転換支援策かも。なんかみんな「ここをしのげばすぐ終わる」みたいな見通しなの、なんで?
見通しなくずるずる先延ばしにするの、何浪もしてる受験生みたいで、良くない。

まずはそんな長期の話じゃなくていま立てこもるための現金を早急に配って、力づくで感染曲線をフラットにさせることが、トータルの損失をいちばん最小化できるのになあ。

だいたい予想通りになってしまったな。この日以降出てきた政府の言動は見事にぜんぶ頓珍漢。

またうっかりTwitterをまじまじと読んでしまい、嫌な気持ちになってしまった。差別と戦う人々をたくさんフォローしてるのも良くないのだけど、差別アカウントがどんどん出てくる。もう差別でできてると言っていいんじゃないか。どうせ無反応のレポートとブロックをいくつかやって、閉じた。

でも、東南海地震のことを知れたのはプラスだったかも。戦中に政府が隠蔽した大地震と大津波。

こういう風に、心の中の動きを表す言葉が、行動や見た目の言葉にすりかわることで、日本語を使う人たちの内面はどんどん貧しくなり、ナチュラルボーン嘘つきになっていくのだよ。

「反省」が「しゅんとした態度で静かにしている」という意味になってしまったのに似ている。

「自粛」をここまでカジュアルに違う意味に使うようになったことで、いま関心がわいているのは、次にたとえば天皇なり上皇なりが亡くなったときなどに国民みんなで自発的につつしんで喪に服す、本来の「自粛」をすべきときに人々がこれをなんという言葉で呼ぶかという問題。

Show more
mastodon.to

mastodon.to is one server in the network